5 Mar – 16 Apr 2022

中條直人/Naohito Nakajo
子どもたちのために ー変身ー

13:00-18:00
日・月・祝日休廊
Closed on Sun, Mon and Holidays

※ ご来廊の際には事前に電話かメールにてご予約をお願い致します。
※ 新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、オープニングレセプションは開催致しません。

赤色は色彩の中心にあり、人を誑かすほどに多様である。

ある日、私が帰宅したら部屋中甘い匂いで満たされていた。それは描きかけのザクロが腐って中から果汁が溶け出していたせいだった。
それは完全に美味しそうな香りではなく、いくらか不快さも備わっていた。
見れば置いてある実の下にべっとりと溜まった赤い液体があった。

私は幼児の頃、船着場の横の海岸で膝上くらいまで海に浸かって、素足でザブザブと水を切って歩くのが楽しかった。
調子に乗って進んでいるうちに片方の親指と人差し指の間に激痛が走った。
まさかと思ったが、どうやら泥の水底に突き刺さった大きなガラスの破片で切ってしまったらしい。足元には濁水に浮かび上がった私の血が漂っていた。
それを見て痛さよりも急に増した怖さで泣き出していた。

甘くて美味しそうは心地よいポジティブな刺激。対して不快さや恐怖はネガティブな刺激だ。
どちらの刺激も心を支配し、その感情に浸って外の世界を見れば、自分はまるでそんな世界を生きているように思えてくる。
しかし一度感情が過ぎ去れば、あるいは自分が居なければ世界は元のままなのだ。
変化する自分自身に対して変わらない外の世界がある。変わるものと変わらないものとが同時に存在し双方向に関わり合っている。
言葉が世界を紡ぎ出す直前までの、純粋に一つの感覚・感情に捕われたままのことを言葉の真空状態と言えばよいのだろうか。

誕生日の夜に。
『敵は光の姿となって現れた。僕だけのために。そして僕はこれと戦って必ず勝つんだ。』
憧れのヒーローに変身して、必ずや悪をやっつける。自分の弱さを知りながらもどうしても戦いを挑む。
そこあるのは決して等身大の自分にはない不可思議なアドバンテージが備わった見せかけの自信。自分が世界の中心であり、正義であり、主人公である。
これは幼児が作る勝利が約束された自分本意の幻想、つまり僕だけの世界。

中條直人