29 Jun – 3 Aug 2024

作間敏宏/Toshihiro Sakuma
接着/交換 / Adhesion/Replacement

13:00-18:00
日・月・祝日休廊
Closed on Sun, Mon and Holidays

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連作『接着/交換』のこと

僕たちは誰でも、帰属する集合に〈接着〉されてしか生き延びられず、遅かれ早かれ新しいメンバーに〈交換〉される──連作『接着/交換』に採用した〈接着〉と〈交換〉というふたつのワードには、そのような含意があります。とはいえ、僕としてはその含みを揚々と言いつのりたかったのではありません。先行するふたつの連作『colony』と『治癒』で長く続けてきた思考実験で前景化することになったこれらのワードを、僕はむしろためらいながら連合させ次なる連作のタイトルにしたのです。

バラバラにした生物の体細胞をひとかたまりにしておくと、細胞どうしが〈接着〉されて組織としての生命活動がスタートするということが生物学の本に書いてあります。また、アリやミツバチはどの個体もコピーされたように識別不能で、その生の営みは〈接着〉された組織/身体であるコロニー全体に奉仕することだけに向けられているようにみえます。細胞や昆虫のそうした営みを生の原理のひとつの表象だととらえるなら、そこから遠く隔たった、個性的なことや個人主義を善だとする僕たちの文化や価値観をどう評価するかはそう簡単ではないでしょう。個性的なものと画一的なもの、自由主義的なものと全体主義的なもののあいだを行き来していると、信用してきた地盤が不愉快に揺れるのを感じてしまうからです。

高校の顕微鏡を使った生物の授業で、ネギの根の先端部分でのみ細胞分裂が起こること、新旧が〈交換〉されたあとの旧い細胞ではその活性が止まることを知り、説明のつかない苛立ちに襲われたのを覚えています。程なく、偶然に鮭の産卵のシーンに出会って、産卵と放精を終えたおびただしい数の鮭が傷だらけで流れていくのを目撃したときにも同じ気持ちになりました。すぐに自分に置き換えるのが僕の悪い癖ですが、たとえば僕に子供ができた時点で僕の生は意味を失う、という素朴なオブセッションとして僕はそれらを受けとったのです。新陳代謝や世代交代と称して冷静にそうした営みを俯瞰する態度と、自分がいずれ〈交換〉される摂理を嘆く態度のあいだで引き裂かれる、それが最初の経験だったと思います。

このような読書や見聞の記憶が、制作に向かっている僕のなかでたびたびリコールされて、〈接着〉と〈交換〉というふたつのワードに徐々に紐付けられてきたわけです。僕のためらいは今も続いていますが、これらのワードが、僕の制作の下地──同じかたちを無数に連鎖させて全体を構成するユニットの手法や、モノのひとつひとつの固有性を劣化させ消去する手続きや、集める/分類する/並べる/重ねるなどのニュートラルな行為を多用する傾向──をつくってきたのも事実なのです。

作間敏宏

(参考資料: https://sakumatoshihiro.myportfolio.com/healing