10 Sep – 22 Oct 2022

作間敏宏/Toshihiro Sakuma
治癒/Healing

13:00-18:00
日・月・祝日休廊
Closed on Sun, Mon and Holidays

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連作『治癒』のこと

〈治癒〉は、傷つき病んだ身体を自ら癒す能力のことです。かたや1990年代に起こったヒーリングブーム以降、もっぱら心のリラクゼーションを指す〈癒される〉という受動形の言葉がひろく使われるようになりました。連作『治癒』をスタートした1993年はそうしたヒーリングブームの頃でしたが、僕がタイトルに込めた含意とは異なるニュアンスで、連作全体が徐々にそのブームに回収されていく感触がありました。その頃は〈癒しのアート〉と言われるごとに作品が痩せていく気がしたものです。

僕が考えていたのは生きものの身体の〈治癒〉のことです。生きものが怪我をして傷口から血を流しその痛みにうめき声をあげても、いずれ血が止まり痛みも和らいで、気がつけばカサブタの下に輝く皮膚があらわれます。怪我や経時劣化によって失われる細胞が新たな細胞に置き換わることで生き延びる身体──そうした細胞と身体との関係を、ミツバチとcolonyとの関係、人間と血族や社会との関係に、重ね透かして考えたいと思ったのです。連作『治癒』の最初の作品、僕自身の家系図=身体を電球に置き換えたインスタレーション作品は、祖々父母・祖父母の世代の概ね消えた電球に代わり、父母や僕自身やその子供たち次世代に灯るたくさんの電球が、空間全体を柔らかい光で満たすようなものでした。*1

ヒーリングブームを嫌いストップしていた連作『治癒』を再開したのは、 3.11の津波で破壊された郷里のビニールハウスを見たあとです。苛酷な外界から弱々しいいのちを護り育むはずのビニール=皮膚が突き破られ穴だらけになって、曲がりくねった鉄骨に垂れ下がった残骸は、決して〈治癒〉しないもの、二度と恢復しないものを表象していたように思います。『治癒』の初期の、ビニールハウスに郷里・宮城の藁と無数の電球を配していのちの連鎖を仮想した作品*2では考えなかったそのことを加えて、僕はもういちど〈治癒〉について考えてみたいと思いました。その久しぶりの『治癒』の新作は、無数に穴を空けた豚の生皮=皮膚を縫い合わせ、むき出しのパイプハウスを包むインスタレーションになりました。*3

僕は社会の出来事にじかに触れる仕事をしませんが、再開後の『治癒』でくり返し採用する、傾く家のモチーフや、穴を穿って透けた皮膚のマチエール、雨や水のイメージなどは、3.11に由来するものです。しかしそれは当時テレビで流されたこの「出来事」についての煽動的な映像によるというよりは、いのちを護り育む記号であったかつての自分の作品の大切なモチーフが、水死体のような姿をさらして僕を傷つけたことによる、そのカサブタのようなものだと思えます。

作間敏宏
(参考資料 https://sakumatoshihiro.myportfolio.com/healing)